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チェヨンイン「一人だけど、メンバーたちの分までやります」
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2006/08/24(Thu)
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グループRed Sox出身歌手チェヨンインが一人立ちに拍車をかけた。
チェヨンインは去る19日、ソロデビューアルバム「the 1st my life」のタイトル曲「幻想が必要」で空中波申告式を支払った。 セクシーながらもさわやかな歌の雰囲気がチェヨンインのイメージとピッタリ遭うという評価だ。 チェヨンインの履歴はかなり多彩である。 チェヨンインは2000年、18歳の時に友達に応じてスーパーモデル大会に参加した。参加者の中で背が一番小さかったし(170センチ)、自分の服を着て、化粧も手を抜いた状態で‘突如’本選に上がった。「大会前日、チキン一匹まで全て食べたほど、モデルに対してよく知らなかった」という彼女は、結局、「お前は本当に運が良い」という言葉を聞いて、芸能界に入門した。 以後、演技はMBC ベスト劇場「美人時代」で始めた。 初めに受けたオーディションで、また‘突如’捉まった。「美人時代」は成形美人の悩みを扱った作品で、ソンイルグクとチョヘリョンが共に呼吸を合わせた。もっと運が良かったのは「美人時代」のADが、後に「茶母」を作ったイジェギュ監督だったということだ。「茶母」を撮るという話に、闇雲に尋ねて3回目のオーディションを受けたが、2月で結局ナニ役を引き受けるようになった。 「マネージャーとコーディネートを同行して現われた競争者たちの為、とても気後れしたものの、私が選ばれて、どんなに嬉しかったのか分からないです。小さな役であると思っていたが、本当に素敵なキャラクターだったです!」 「茶母」が ‘茶母嬖人’たちを量産して高い人気を集めたものの、チェヨンインは以後スランプに陷った。故郷である全南スンチョンから一人で上京して来て、芸能界の仕事をするというのが易しくなかったこと。 しばらく休息期を持ったチェヨンインは歌手に視線を回した。 「Red Soxというグループに合流しました。 ‘Lalala’という歌でちょうど活動を始めたのに、交通事故に2度も遭いました。 一度は私も大きな怪我をしました。 去年 10月頃、一日に地方スケジュール 4個を消化したんですよ。ソウルに戻って来る途中、マネージャーが運転して居眠りしたようです。 15トントラックの下に車が半ば入って行きました。腰と骨盤に怪我をしたが、まだ雨降れば少し痛いです。(笑)」 ソロになったチェヨンインはRed Soxのメンバーたちが全快するまで、救援投手に出たわけだ。 チェヨンインは「慎ましい朝鮮娘ナニを憶えている茶母ファンの方々は、今の私の姿を見て大変驚くでしょう」と話し「今度のアルバムで可愛くてセクシーな、多様な魅力をお見せしたい。」という抱負を現わした。 文/イヘリン記者rinny@sportsworldi.com [世界日報]2006.08.24 15:02 http://www.segye.com/Service5/ShellView.asp?TreeID=1510&PCode=0007&DataID=200608 スポンサーサイト
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